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福岡地方裁判所 昭和62年(ワ)1897号 判決

原告

リコーリース株式会社

右代表者代表取締役

伊藤俊六

右訴訟代理人弁護士

原口酉男

林和正

村上博

被告

乙藤電機商会こと

乙藤信之

主文

一  被告は原告に対し、金三五七万円及びこれに対する昭和五九年五月一六日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員を支払え。

二  被告は原告に対し、別紙目録記載のオフィスコンピュータを引き渡せ。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨及び仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は昭和五六年七月二〇日、被告との間で次のとおりリース契約を締結し(以下「本件リース契約」という。)、別紙目録記載のオフィスコンピュータ(以下「本件物件」という。)を被告に引き渡した。

① リース期間  昭和五六年七月二〇日から昭和六二年七月一九日

② リース料  月額八万五〇〇〇円(毎月二〇日限り前払)

③ 契約解除の特約  賃借人が一回でもリース料の支払を怠ったときは催告なくして解除することができる。

④ 損害賠償額の予定  契約が解除された場合は、賃借人はリース料残額を損害賠償金として直ちに賃貸人に支払う。

⑤ 遅延損害金率  年14.6パーセント

2  原告は、昭和五九年五月一五日到達の書面をもって被告のリース料の昭和五九年一月分以降の支払遅滞を理由として本件リース契約を解除した。

よって、原告は被告に対し、契約解除による原状回復として本件物件の返還と約定損害金としてリース料総額六一二万円から被告の既払い額二五五万円を控除した残額三五七万円及びこれに対する解除日の翌日である昭和五九年五月一六日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による約定遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は否認する。被告は長崎リコー販売株式会社(以下「訴外会社」という。)からオフィスコンピュータを賃借している。

2  同2の事実は認める。

三  抗弁

1(本件物件の瑕疵担保責任)

①  本件物件には見積書手順の請求書作成過程で入力した文字の訂正ができないという欠陥が存する。

②  本件物件では請求書発行事務についてそのデータを記憶させることはできず、一度請求書を発行した後はその請求書に誤りがあっても訂正した請求書を発行できないが、これでは被告の実用に適さず、本件物件の重大な瑕疵というべきである。

③  被告は訴外会社が右①②の瑕疵を修補又は代替品を提供するまでリース料の支払を拒絶する。

2(訴外会社の債務不履行)

(一) 訴外会社は被告に対し、本件コンピュータの導入に際して被告がコンピュータの知識に乏しいため次のとおり約してリース契約を締結した。

①  コンピュータの操作は簡単にすること。

②  操作方法については素人にも分かりやすい図解をした機能の階層図、処理の流れ図を含むマニュアルを提供すること。

③  プログラムを提出し、その説明をすること。

④  疑問、不明な点については懇切丁寧に納得のいくまで教示すること。

(二) 被告は、訴外会社が右①ないし④を履行するまでリース料の支払を拒絶する。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の①②の各事実は否認する。

2  同2(一)の事実は否認する。

五  再抗弁

1(瑕疵担保責任免除の特約)

本件リース契約はいわゆるファイナンスリース契約であり、原告と被告は本件リース契約時に原告はリース物件の瑕疵に関する責任を負わず、リース物件の整備、修補は被告の費用において行う旨約した。

2(訴外会社の債務の履行)

原告は被告から本件物件の操作方法の教示が十分でないとのクレームを受けたのでこれを訴外会社に取次ぎ、訴外会社においてこれまで何度も被告に対し操作方法を説明、教示した。

六  再抗弁に対する否認

再抗弁1、2の各事実は否認する。

七  再々抗弁(再抗弁1に対して)

訴外会社と原告は共に株式会社リコーの系列会社であり、訴外会社は主としてリコー製品の販売を、原告はリコー製品の取引に関する信用の供与を業とする会社であるから、信義則上リース契約における瑕疵担保責任免除の特約の効力を主張することはできない。

八  再々抗弁に対する認否

再々抗弁事実は否認し、その主張は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1の事実は〈証拠〉によりこれを認めることはでき、他にこれに反する証拠はない。

二次に瑕疵担保及び債務不履行についての責任免除の特約の主張につき判断する。

1 〈証拠〉を総合すると本件リース契約はいわゆるファイナンスリース契約であって、本件リース契約書(甲第一号証)の第五条には「① 引渡しの時、又は引渡し後物件に瑕疵を発見した場合、甲(被告)は直ちに書面により乙(原告)に通知します。この手続を怠った場合は物件の瑕疵はないものとします。② 甲が前項の通知を行った場合でも瑕疵に関する責任は乙に追及できません。ただし甲は乙の有する範囲内で物件の売主(表記販売店)への補修又は代品交換等の請求権の譲渡を受けてこれを行使できます。物件の売主の都合で引渡しが遅れた時も同様とします。」とのいわゆる瑕疵担保責任免除の条項が存するので、原則としてユーザーである被告は物件の瑕疵あるいは債務不履行の責任をリース会社である原告に問うことはできないものというべきである。

2 しかしながら、右瑕疵担保責任免除の特約はいかなる場合にも有効であると解することはできない。すなわち、〈証拠〉を総合すると、本件リース契約は、さしてコンピュータに関する知識を有していない被告が自己の電気工事の経理事務、在庫管理等を省力化する目的で、日次業務処理、締次随時処理(見積処理を含む)、月次業務処理、マスタ保守管理を行うプログラムを組み込んだオフィスコンピュータを導入するためのものであって、ハードウェアーはリコー製のRICOMシステム二二〇〇モデル二一〇が選択され、そのプログラムは既製のパッケージソフトではなく、外部のシステムエンジニアが顧客の要望に合せたシステムを新たに製作するオーダーメイドのものであったことが認められる。そして、このようなオーダーメイドのソフトの場合には、プログラムに重大な欠陥があっても装置をかなりの回数様々な方法で使用した後でなければ発見しにくいことも多く、コンピュータの知識の乏しい一般のユーザーがリース契約の借受書を発行するまでにプログラムを含めた十分な検収(ランニングテスト)を行わなければならないとすることは不可能を要求するに等しいといわざるを得ず、コンピュータ導入後も販売店によるアフターケアが不可欠であると考えられる。また、被告のようなユーザーにとってプログラムが正常に作動しなければ本件物件は無価値に等しいことはいうまでもない。

次に、原告会社と訴外会社の関係についてみても、〈証拠〉によれば、被告会社の取締役の過半数はリコー製品のメーカーである株式会社リコーの取締役との兼任者であり、同社は被告の筆頭株主であり、被告の主な仕入先は株式会社リコー、リコー販売等であること、訴外会社はリコー製品を販売することを主な業務とする会社であることが認められ、このような商号においても同じ「リコー」の名称を使用し、業務上も密接な関係がある場合には、通常と異なりリース会社が販売店との業務提携等により瑕疵に対応できる能力があり、また、両者は一体的な関係にあるとの外観をユーザーが信頼することも否定できない。そして、原告と訴外会社との右のような関係からすれば、前記のオーダーメイドのプログラムを含むコンピュータリースの特性についての知識をリース会社である原告に要求することはあながち不当であるとはいえない(むしろ、今日においては取引の常識として要求されるレベルの問題である。)。

したがって、以上のような点を勘案すると、単に販売店による簡単な手直しで済む程度の軽微な瑕疵についてはリース料の支払を拒絶することはできないが、瑕疵あるいは債務不履行の程度が重大でその修補あるいは履行がなければ契約の目的を達しえない場合には、当事者間の公平上、被告は同時履行の抗弁を原告に主張できるものと解すべきである。

三そこで、被告の本件物件の瑕疵及び本件物件の導入に伴う訴外会社の債務不履行の主張につき個別に判断することとする。

1  入力文字の訂正不能について

〈証拠〉を総合すると、本件コンピュータ導入後、当初のプログラムでは見積書発行作業中に途中まで入力した段階でそれ以前の入力データを修正することが不可能であることが判明し、直ちに訴外会社においてプログラムを修正し、入力データの修正が可能になったこと、その時期は被告がリース料の支払を拒絶するようになる遙か前のことであったことが認められるので、右瑕疵は昭和五九年一月分以降のリース料の支払を拒む事由とはならないことが明らかである。

2  発行済み請求書の訂正不能について

〈証拠〉によれば、本件のコンピュータシステムでは、請求書発行事務が終了したら締次データはクリアーされることになっており、そのため、いったん請求書を発行した場合にはそれを訂正した請求を打出すことはできず、翌月分で訂正するほかないことが認められる。しかし、右各証拠によれば、これはハードの記憶容量の関係で締次データをセーブしておくことがこのシステムでは不可能なためであると認められ、また、請求書の内容やいったん処理した計数を容易に訂正できないことも経理のソフトとしては意味がないこととはいえないので、当時の技術水準からして本件物件の記憶容量がオフィスコンピュータとしては実用に堪えないほど著しく劣るとの主張立証がない以上は、これがコンピュータの欠陥(瑕疵)であるということはできない。前出乙第九号証によれば、被告は、本件コンピュータから日次更新、月次更新の機能を省けば容量に余裕ができ、締次データのセーブが可能になるのでそのようなプログラムの組直しを希望する旨供述するが、右のようなコンピュータとしての重要な機能を削除すれば本件コンピュータはワープロに近い機能しか発揮できないこととなり、このような限られた機能が当初から要求されていたとは到底考えられないので、訴外会社には被告の要望に沿ったプログラムの訂正する義務はないというべきである。

3  操作方法の教示、マニュアルの作成等について

(一)  〈証拠〉を総合すると、被告においては昭和五八年九月までは従業員の松浦が本件物件を操作し、その操作方法に熟達していたところ、同人が同月一杯で退職したため、以後同人から引継ぎを受けた被告本人が操作しようとしたが操作方法が理解できなかったこと、訴外会社は本件物件導入時に操作マニュアルを作成して交付したほか、さらに昭和六一年九月ごろ被告の希望によりさらに分かりやすくしたマニュアルの改定版を被告に交付し、同時に操作指導を実施したが、被告は操作方法が分からない旨回答していたこと、その後も訴外会社は講習会への参加を勧める等したが被告はこれに積極的な態度を示さなかったことが認められ、被告本人の供述中右認定に反する部分は採用しない。

そうすると、訴外会社は当初被告の担当者に対し、十分な教示と理解し得る操作マニュアルを提供していたと推認されるので、債務不履行と目されるべき点はなく(階層図、流れ図の作成を契約当初から約束していたと認めるに足りる証拠はない。)、また、その後の被告本人への教示についても、素人にも容易に理解できるマニュアルとはいってもコンピュータの操作である以上は一定の限界は存するのは当然であり、被告自身の修得への努力が足りない面も否定できないから、結果的に被告が操作方法を修得していないということをもって、訴外会社が格別不誠実な対応をしたとは認められない。また、本件コンピュータの操作方法が著しく煩雑であると認めるべき証拠もない。

(二)  被告は、本件コンピュータのプログラムの内容を被告に提供し説明する約束があったと主張し、被告本人はこれに沿う供述をするが、コンピュータの知識の乏しい被告にプログラムの内容を提供してもこれを理解させるのは不可能に近いことは自明であるから、右供述は、採用することができず、他にこれを認めるべき証拠もない。また、これが提供されないために本件物件の使用が妨げられるものでもないから、そもそもリース料の支払を拒絶し得る事由にもならない。

(三)  前掲乙第九号証及び被告本人尋問の結果によれば、被告が容易に操作できないことや今日から見ればコンピュータの容量や機能がかなり限定され、事務処理の省力化にさほど大きな威力を発揮し得ないことに被告の不満があるものと推測されるが、本件物件の導入時期からみて今日の水準からすれば本件物件がやや陳腐化し、機能も劣ることは当然のことであり、訴外会社のセールストークが著しく不当であったと認めるべき証拠もなく、また、コンピュータの操作方法の修得は年齢、経験等による個人差があることは否定できず、被告が容易に理解し得ないことをもって提供すべきサービスの不履行あるいはコンピュータの欠陥であると認めることもできない。

四以上によれば、被告には結局リース料の支払を拒絶できる事由は存しないというべきである。

五請求原因2の事実は当事者間に争いがない。

六したがって、原告の請求はいずれも理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用し、仮執行宣言の申立てについては相当でないので却下して、主文のとおり判決する。

(裁判官大島隆明)

別紙物件目録

一 リコー製オフィスコンピュータ

一台

機種  リコムシステム二二〇〇―二一〇

機番  五二三〇〇三六五

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